江藤淳

加藤典洋アメリカの影』


引用文


江藤は『成熟と喪失』のなかで、「母」の崩壊 −急激な産業化、近代化による自然なるものの崩壊− によってひきおこされた内面的危機を克服するための方向として「父」性原理の確立ということをあげていた。しかしそこで彼が明るみにだしたのは、日本にあっては、「母」の崩壊によってはじめて「父」の不在が明らかになった、ということだったので、そのような現実をうけて、彼は「父」の不在もしくは「父」に権威を賦与するものの不在にもかかわらず「あたかも『父』であるかのように生きる」治者の道と「孤独で露出された存在」であることに耐え、それをもちこたえていく「個人」の道という二つの可能性を示して、この長編エセーを書き終えたのである。 pp89〜90 加藤典洋アメリカの影』講談社1995